2017年6月12日月曜日

十楽章 浦

 こんな真夏の炎天下であっても、木々の中は少しひんやりとしている。土の匂いや、植物の匂い。ちょっと不思議な香りがする。けど、嫌じゃない。

 あたしたちの上を枝葉がゆらゆら揺らめいているのを眺めていると、海の中から海面を見上げているようで少し懐かしくなった。

「で、どこに逃げたんだ? そいつは」

「えーっとねー……多分あっち!」

 あたしは直感の赴くままに森の中を進んでいく。

「多分って、大丈夫なのかよ……」

「大丈夫! あたしに任せて!」

 と、そんな感じで森の中を歩くことしばし。少し先の方から「ひゃあああああ!」と悲鳴が聞こえてきた。

「な、なんだ⁉︎」

 とおじさんは身構える。

「なんだろう。でもなんかこっちに向かってくるよ」

 あたしたちが立ち止まっていると、その音はだんだん大きく、声の主が近づいてくるのだ。それも結構な速さで。

「ねぇ、なんだと思う? あてっこしようよ」

「んなのんきなこと言ってる場合……!」

 言い終えるより先に、おじさんは何かを察知したように木の裏へと姿をくらませた。

「ん?」とおじさんの視線をたどっていくと。

 居た!

 すごい顔をした男の人たちが、全速力で押し寄せてくる!

「うわっ、ちょっ、何⁉︎」

 迫り来るそれを紙一重でかわすと、彼らは悲鳴を上げながら通り過ぎていく。すれ違いざまに見えた彼らは、なぜか皆一様に恐怖で顔を歪ませている。中には半べそをかいている人もいた。

 しばらくはただ呆然と彼らの後ろ姿を眺めていた。やがて彼らが見えなくなると、あたしは「え、何?」とつぶやいた。

「害獣駆除だな」

 おじさんは木の裏から出てきてそう言った。

「あ、もしかして畑が荒らされてたからかな」

 だからってそんなことしなくてもいいのに。みんなで分け合えばいいのになぁ。

「でも、だったらあっちの方に狸がいるってことだよね!」

「狸と決まったわけじゃねぇが、それよりあいつらの様子が……っておい! 勝手に行くなよ!」

 さくさく進んでいくあたしを、おじさんが追いかけてくる。こうやってちゃんと付いてくるあたり、このおじさん案外お人好しかもしれない。

「ん? なんだろう、あれ」

 あたしは茂みの中からひょっこりと出ている、茶色くてふさふさしたものを見つけた。近づきかがんで見てみると、その茶色い物体はゆらゆらと、こちらを誘うかのように揺れているのだ。

 あたしは好奇心に掻き立てられて手を伸ばした。すると、茶色い物体はスッと茂みに引き込まれて……次の瞬間、それは現れた。

 狸だ!

 狸が茂みから飛び出してきた!

 またしても尻餅をつかされたあたしの頭上を、狸は華麗に飛び越えていくのであった。


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