「あー、大丈夫? 息きれてるけど」
このおじさん、さっきまでの勢いは何処へやら。手を膝につけて「ぜぇー、はぁー」と呼吸を乱している。
「うっせぇ! いいから早くそいつを返しやがれ!」
と、おじさんはイワシ目掛けて素早く手を伸ばしてきた。あたしはそれをひょいとかわしながら、「えー。でもそこで拾ったんだよー?」と言う。
「あぁ! てめぇ、さんざん奪っておいてよくそんなことが言えたな!」
「え、えぇ? どういうこと? あたし別に奪ったりなんかしてないよ?」
そう言うと、おじさんはより一層怒りで顔をにじませる。
「まだしらを切るつもりか。夜な夜な縄張りに入り込んできておきながらよぉ!」
「えー。そんなことしてないって」
うーん。多分誰かと間違えてるんどろうなぁ。まともに話ができる感じじゃなさそうだし……。
ふと、足元の茂みに目が止まった。
そういえば、あの狸が逃げ出した時、茂みの中から何かが飛び出てきたような。
「そうだ! 狸だよ! 狸が盗んだんだよ!」
「はぁ? んなもんこの島にいるわけねぇだろ!」
と、せっかくの名案も一言で切り捨てられる。
「あれ、そうなの?」
おかしいなぁ。確かに狸っぽかったんだけど。
「じゃあさ、確かめてみようよ」
「あ? 何をだよ」
「盗んだのがその狸かどうかをさ」
濡れ衣であることを証明するには、これが1番さ。それに楽しそうだし。
「だから狸はいねえって。それより早く返せ!」
懲りずに奪い取ろうと出してくる手を避け、あたしはイワシをかぶっていた帽子の中に隠す。
「もし本当に狸が盗んでたなら返してあげるね」
「な……はぁ。ったく面倒くせぇ」
無理だと悟ったのか、おじさんはあたしからイワシを盗もうとするのをやめた。あたしだって、言いがかりで取られるのは嫌だからね。
「で? その狸ってのはどこにいるんだ?」
「あっちの方に逃げてったよ」
あたしは狸が走り去っていった畦道を指差した。すぐ先には森が待ち構えている。あの中に逃げ込んだはず。
「げっ、あそこに入っていくのか?」
「何? 怖いの?」
煽るように言うと、「いや、そういうわけじゃねえんだが」と少し思案顔を見せる。ただ、目つきの悪さに拍車がかかって、獲物を狙う猛獣のようにも見えた。というかこのおじさん虎っぽい。
「まあいい。さっさと済ませてやる」
「うん! その意気だ!」
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