2017年5月13日土曜日

10楽章 裏

「ただいまー! 帰ったよー!」

 勢いよく発せられた声が、開け放たれた玄関から家の中へと響いていく。が、しかし、返事がない。

「あれー? 誰もいないのー?」

 居間を覗いてみても誰もいないので、ひとまず荷物を置きにうららの部屋へ。

「うーん……ちょっと埃っぽい?」

 部屋の中で大きく息を吸い込むと、鼻腔をくすぐられ、こらえきれずにくしゃみを一つ。

「うう、窓開けて行ったらよかったのに」

 そう言いながら部屋の窓を全開に。すると、外にうららのお母さんを発見。

「おーい! ただいま帰ったよー!」

 窓から上半身を乗り出し、両手を大きく振ってお母さんに呼びかける。

「ん? あ、ああ。あんたね。って、いつの間に帰ってきたのよ?」

「さっきだよ。何してるの?」

 お母さんは、「あんた、あんなことがあったっていうのに……」とため息を一つ。

 おや? いつもなら文句の一つや二つくらい言われると思うんだけど。

「まあいいわ。それより、畑が荒らされたのよ。楽しみにしてたトウモロコシが綺麗に食べられちゃってて」

 と、悔しそうなお母さん。

 よく見ると、庭の小さな畑スペースに植えられたトウモロコシはきれさっぱり身がなくなっている。そして、芯の部分だけがむなしく置き散らされていた。

「食べられたの? 誰に?」

「きっと動物よ。この辺みんなやられてるんだって」

「ふーん。それは大変だねぇ」

 口ではそう言いながらも、心の中ではなんだか面白いことになりそうな予感がしていた。よく分からないけど、ワクワクしてきたぞ。

「ちょっと散歩に行ってくるー!」

 あたしはそう言って、返事も待たずに部屋を飛び出し玄関を飛び出していった。

 周辺を見渡しながら歩いていると、確かにどこの畑も何者かに荒らされた痕がある。トウモロコシはもちろん、スイカなんて綺麗に中身だけくりぬかれている。

「ほえー。器用なもんだねー」

 なんて呑気に関心していると、近くの茂みで何やら物音が。

「おや? 何だろう?」

 気づかれないように、そうっと茂みへ近づいていく。ゆっくりと両手を伸ばしていき、「えいっ」と茂みの中にその手を突っ込んだ。

 すると、もふもふした感触と共に、奇妙で甲高い声が響いた。

「うわっ!」

 驚きのあまり、あたしは手を離し尻もちをついてしまった。当然、茂みの中にいた生き物は猛ダッシュで逃げ去ってしまう。

    ちらりと見えたその後ろ姿は、タヌキに似ていた。

 ふと、手元に何かが落ちていることに気づく。

「これは、魚?」

 背ビレ胸ビレ尾ビレに、ちょっと間抜けで何か言いたそうなこの顔は、間違いなく魚だ。しかもイワシだ。あたしの大好物だ。

「おお! これは天の、いや海の恵み! 今日はついてるねぇ」

 あたしがその魚を拾い上げ、いざ頭からかぶりつこうとした瞬間。

「待てゴラァ!」

 目つきの悪いおじさんが、鬼の形相であたし目掛けて突撃してくるのである。

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