2016年7月13日水曜日

9楽章〜その3

お婆さんが砂浜を去り、私とカホラちゃんの二人が取り残されたまま、波の音を聞いていた。

しばらくして、どちらともなく海にやっていた視線が陸に戻ってきた時、

「えっと、どうしましょう?」

 カホラちゃんが控えめに尋ねてくる。
このまま踊りの練習の続きをするか...
ううん、今はできないよね。


「ちょっと、整理がしたいかな」

「ですよね。じゃあ、練習は中断しましょうか」

「うん」

 その後、私はしばらく浜辺を歩き続けた。

分かったのは『いのちのしま』は、クジラが運んで来てくれたメッセージ...だということだけ。だけど、それがどういうメッセージなのか、まだまだよく分からない。これじゃあ余計にもやもやしてしまう。

〝そんなに悩むことかなぁ〟

「うわぁ! ってなんだフラッチーか」

 急に声が聞こえたからびっくりしちゃったよ。恥ずかしいなぁもう。

〝なんだとはなんだ! 苦戦してそうだったから手助けに来てあげたのに〟

「手助け?」

〝「いのちのしま」に想いをめぐらせてたんでしょ?〟

「まぁ、そうだけど」

 ん? イルカって...
確か、クジラの仲間だよね?

と、いうことは。

〝言ったでしょ、手助けって。教えはしないからね〟

 う、この子また人の心を。

「じゃあ、ヘルプミー」

 両手を合わせてお願いすると、彼女はご満悦といった顔になる。

〝思い出してごらんよ。カホラちゃんの唄を聴いたときを〟

 それはさっきのことかな。あの、夢を見てたような感覚。そういえばあの時、色んなものが見えたような……

「それが、何か関係してるの?」

〝関係しているもなにも、うららの記憶そのものじゃないか〟

 え? あれが、私の記憶? どういうこと?

〝正確には、フララの記憶だけどね〟

 その瞬間、私は理解した。

 そうだ。私はクジラだったんだ。



正確には、何か不思議な夢を見た時や、カホラちゃんが「いのちのしま」を歌ってくれた時や、海を前にふとした瞬間、私は人間ではなく、何か別の生き物...そう、まるでクジラのような感覚が、身体中にあるんだ。

 そして夢を見ているとき、私はクジラの姿になってることが多かった。さっきもそう。音を頼りに海を泳いでるとき、確かに私はクジラだった。あまりにも自然とそうなっていたから、気にならなかったんだ。

 それもそのはず。だって私は本当にクジラだったんだから。
 
 フララ。夢の中で名前を呼ばれたときはフララだった。

それに、フラッチーが私のことをフララっていうときもあった。これは私がクジラのときに呼ばれていた名前なんだ。

 なぜ?

一体なぜ、そんな記憶が蘇ってきたの?
なぜ、こんなことを、思い出さなければならないの?

他の人々も、今の自分ではなかった頃の記憶を、みんな持っているの?


謎だらけ。


この夏休みは、まったく。
おかしな謎だらけだ。

けれど、心はワクワクする。

私は、学校のことやお家のこと、宿題も友達も...もう、普通にこのまま女子学生の夏休みを過ごせなくなってもいいから、この謎の秘密を知りたくなった。

海で出会ったおじさんも。
フラッチーの正体も。
クジラの夢も、お婆さんの言葉の意味も、


すべて。

 
 私は、それがわかるまで.....
家には帰らないことに決めた。





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